「運河公園」という名前なのに、ここに運河はありません。約400年前に計画されましたが、完成しなかったのです。
計画したのは、姫路城主の池田輝政。海から城まで船を通そうとしましたが、果たせませんでした。残ったのは、細い堀だけ。その跡が、いまの運河公園になりました。南北におよそ2km、細長く続いています。
その公園をいろんな人が、それぞれの速さで使っています。よちよち歩きの子の散歩、滑り台へ走っていく子、お昼どきにベンチで弁当を広げる勤め人、本を読む人、ジョギング。水辺には水鳥も浮かんでいます。子どもの公園でもあり、大人の公園でもある——みんなの公園です。
海に届かなかった運河
輝政が描いたのは、姫路城の外濠と飾磨津(いまの姫路港)を約4kmの運河で結び、城下まで瀬戸内海の船を引き入れる構想でした。けれど、海と外濠とでは水位が10m以上も違い、運河として通すには城の近くを大きく掘り下げる必要がありました。輝政が1613年に世を去ったこともあり、計画は放棄されたとされます。
残された堀は、長い年月のあいだに水質が悪化し、荒れていきます。やがて駅南エリアの市街化とともに改修が進み、昭和37年(1962)に運河公園として都市計画が決定。昭和50年度(1975)に開園します。
公園について
公園は南北におよそ2km、面積8.3haの総合公園で、複合遷具や健康遷具、東屋・ベンチ、テニスコート、トイレがそろっています。
川べりの道は、市役所より北側がいちばん往来が多く、歩きやすい区間です。遊歩道はスロープも階段も多くて、歩きやすさは区間でかなり違います。ベビーカーや車いすのときは、無理をせず、地図で先に確かめておくと安心です。水辺なので、夏場は蚊もそれなりにいます。
施設で絞り込める地図は、別ページにまとめました。「遷具」「トイレ」「休憩」「水のみ場」などを選んで表示でき、「子育て向けだけ」のワンタップ表示もできます。地点をタップすると写真が開きます。上流(姫路駅・城側)から下流(飾磨・海側)へ、橋を目印にたどってみてください。
→ 全線の施設地図はこちら(別ページ)
春には桜が遊歩道を彩って、近所の親子連れでにぎわいます。新入生が制服で記念写真を撮る姿も見かけます。
海まで届かなかった運河の跡が、いまは子どもの遊び場であり、大人の昼休みであり、誰かの通り道です。よかったら、ゆっくり歩いてみてください。


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